こんにちは、おかゆです。
いつも ブログをご覧いただき、
ありがとうございます・・!(^^)
16回目の更新です!
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私は現在、
起業して初めて
21日間 「毎日」
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今日は、昨日にひきつづき
「価値観」について。
昨日の記事 を書きながら
ひとつ思い出したエピソードを
お伝えしますね(^^)
昨日は、
誰かと価値観が合わない時は
どちらかに合わせるんじゃなく
折り合いをつけよう、
という話を書きました。
でね、その前提として
繰り返して お伝えしたいのは、
「感じ方、大切なポイントは
人それぞれでいい」
ということ。
一見あたりまえですよね。
でも、以前の私は
無意識の領域で
そう思えていませんでした。
そうなると、
他人の価値観に
“モヤモヤ”
を感じた際に、
その感覚を大切にできずに、
むしろ そんな自分を
否定してしまったりするんですね。。
***
私が小学生のころ、
読書好きの母が時々、
「この本、子供のころ
読んで面白かったわよ」
といって、
本をすすめてくれる事がありました。
それらの本は、
実際面白かったこともあるけど
ぜんぜん面白くなくて、
苦痛だったことも多かったんですね(^^;
母親としては、よかれと思って
思い出深い本を
すすめてくれていたわけです。
そのためか、
私が読む前に、
想いがあふれて(たぶん)
自分が読んだ時の感想や、
その後の人生で感じた学びを
つい言っちゃうんですよね。
で、その後、
私が読む。
今思えば 当たり前なんですが、、
大人(母親)の視点と
子供(私)の視点には
当然 大きな乖離 があって。
母親がうん十年の人生で
得た気づきなんて、
小学生の私が
本から読み取れるわけない・・(^^;
でも、
そんなことは 分からずに
小さな私はこう思いました。
—–
お母さんが面白かった本を
面白いと思えない私は、
きっと読書力が弱いんだ。。
この本を読んで、
お母さんみたいな感想を持てない
私は、能力が劣っているんだ。。。
—–
自分が劣っていて
母親にがっかりされるのではないか、
という恐れを抱いて、
母親のすすめるものを
一生懸命 好きになろうとしていました。
感想を聞かれても、
いつも母親の意見を
なぞっていたんです。
自分が感じたこと、ではなく
母親が喜びそうなことを言うことで、
自分を守っていたんですね。
また、
私が中学生や高校生になってからは、
逆に 面白いと思った本やマンガを
時々 母親にススメていました。
しかし、
反応がいまいちで。。(^^;
「一緒に楽しめると思ったのに・・」
と がっかりしては、
こんなことが好きな自分はくだらない、
といった自己否定が働いて
「やっぱり自分は子供っぽいんだ、
頭が悪いんだ・・」
と 自分を責めていました。
でもね、
いま考えたら
それは 趣味 や 価値観
の違いであって、
私の “能力” がどうの
ということには関係ない。
単に、
感動ポイントが違うために
共感し合えなかっただけなんです。
母親の感覚が「絶対」だなんて
ことないのに、
どこかで、母が「正解」で
自分は「不正解」だと
勘違いしてしまっていたんですね。
そしてこの「不正解」感は、
母親との関係に留まらず、
人生のいたる場面で
私を不安にさせていたように思います。
価値観に、正解も 不正解も ない。
それを自分なりに消化できたのって、
ほんとうに つい最近な気がします(^^;
でもね、それが腑に落ちたら
とてもラクになりました。
いつも周りの評価が気になって、
「正解」を探していた自分から
少し卒業できたんですね。
もしあなたが、
「周りの目が気になって仕方ない」
「とても モヤモヤ するけど、
言い出せない」
と思うなら、
もしかして どこかで
自分の価値観に「不正解」の
タグ付けをしている部分が
あるのかもしれません。
そんな時は、
ちょっと立ち止まって
思い出してみてくださいね。
「価値観に、正解も 不正解も ない」
今回も、最後までお読みいただき
ありがとうございました・・!
おかゆ
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私が人生迷子になった
ストーリーはこちら (^^)
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